追悼:マーク・E・スミス 1957-2018

ザ・フォールのヴォーカリストにしてリーダーを務め、唯一不動のメンバーだったマーク・E・スミスが亡くなった。享年60歳だった。死因は今のところ明らかにされていないが、昨年彼はツアー日程のキャンセルを余儀なくされており、当時バンドのマネージャーはその原因について「奇妙で珍しい健康問題」と説明していた。この「奇妙で珍しい」という形容は、彼の人生と非凡な作品群に対しても当てはめることができるだろう。

マーク・E・スミスは1957年サルフォードのブロートンで生まれ、彼がまだ幼いうちに家族はプレストウィッチの近郊に引っ越している。スタンド・グラマー・スクールに通ったが、16歳で彼は退学している。食肉工場で働いたのち、マンチェスターの港で発送係の仕事に就いていて、比較的若くしてドラッグに手を染め、飲酒や喫煙よりも早くLSDを使用していたとかつて語っていた。

正規の就学期間が終わると、マーク・E・スミスは夜間学校で文学のAレベルの授業を受けている。人生を通して、彼はミュージシャンと同じくらい、カルトやオカルトな文学、ビート詩人、哲学から多大な影響を受けている。彼がお気に入りとして挙げていたのは、ドイツの哲学者のフリードリヒ・ニーチェ、ホラー作家のアーサー・マッケン、ハワード・フィリップス・ラヴクラフト、ウィリアム・バロウズなどで、ウィリアム・バロウズのカットアップの技法による断片化した作風は1982年発表“The Classical”などに影響を与えている。

1976年、マーク・E・スミスはマンチェスター・フリー・トレード・ホールで行われたセックス・ピストルズのライヴに行ったことを受けて、ザ・フォールを結成している。バンド名はアルベール・カミュの小説の中からとられている。おそらくセックス・ピストルズよりもヴェルヴェット・アンダーグラウンドやドイツのクラウトロック・バンドのカンを音楽的な手がかりとしていて、1978年にデビューEP『ビンゴ・マスターズ・ブレイクアウト!』をリリースしている。翌年、ザ・フォールは多くの影響を与えることになったデビュー・アルバム『ライヴ・アット・ウィッチ・トライアルズ』がリリースされている。

即座に、マーク・E・スミスは自身のがなる声と同じくらい紛れもない、複雑で文学的な自身の声を形作っていった。音楽的にはヒプノティックな反復のパターンを生み出し、マーク・E・スミスによるその象徴的な歌詞の一つはこれだろう。「3つのRといったら、repetition(反復)、repetition(反復)、repetition(反復)だ」初期から一貫してバンドを支持していたのはBBCラジオ1のジョン・ピールで、ザ・フォールをフェイバリット・バンドに挙げており、次のように述べている。「ザ・フォールは常に違うけれど、常に変わらないんだ」

バンドが商業的に最も成功を収めたのは80年代で、この時期にザ・フォールのアメリカ人ギタリストであるブリックス・スミスと結婚している。1984年発表の『ザ・ワンダフル・アンド・フライトゥニング・ワールド・オブ・ザ・フォール』、1985年発表の『ザ・ネイションズ・セイヴィング・グレイス』、1986年発表の『ベンド・シニスター』、1988年発表の『ザ・フレンズ・エクスペリメント』といったアルバムが最も人気のある作品となっている。

1986年、マーク・E・スミスはローマ教皇のヨハネ・パウロ1世を中心に描いた演劇『ヘイ、ルチアーニ』を執筆して、ハマースミスのリヴァーサイド・スタジオで2週間上演している。

マーク・E・スミスと激しく揉めているようには見られなかったものの、ザ・フォールのバンド・メンバーは入れ替わりが激しかった。彼はかつてこう宣言したことで知られている。「僕とボンゴに君のおばあちゃんがいれば、それはザ・フォールなんだ」時に彼の好戦性と攻撃性が行き過ぎる時もあった。1988年、ニューヨークにおいてキーボード・プレイヤーのジュリア・ネイグルへの暴行でマーク・E・スミスは逮捕され、わずかの間服役している。彼はその後、リハビリに入るため、ロンドンに送り返されている。

2000年代には、マーク・E・スミスはゴリラズとコラボレーションを行っており、2010年発表の『プラスティック・ビーチ』収録の“Glitter Freeze”に参加している。ザ・フォールは現代の音楽シーンに広く重要な影響を与えており、LCDサウンドシステムのジェームス・マーフィーはマーク・E・スミスからの多大な影響を明言しており、ザ・ラスト・シャドウ・パペッツはライヴでよくザ・フォールの“Totally Wired”をカヴァーしている。

最も意外なザ・フォールの影響はスチュワート・リーとリチャード・ヘリングによるテレビ番組「ディス・モーニング・ウィズ・リチャード・ノット・ジュディ」だろう。スチュワート・リーはザ・フォールのファンとして知られ、1988年発表のアルバム『アイ・アム・キュリアス・オレンジ』に捧げて、文字通り奇妙なオレンジのキャラクターを番組に登場させている。

2012年、『NME』が60周年を迎えた時にはマーク・E・スミスは以下のようなコメントを寄せている。「N.E.M.、60歳の誕生日おめでとう。君たちは80年代ずっとザ・ビートルズが好きだったけど、決してそれを認めなかったね」

彼の死は2018年1月24日に発表されている。「非常に残念ながら、マーク・E・スミスが亡くなったことをお伝えします。彼は今朝、自宅で亡くなりました。更なる詳細の発表は今後数日中に行われる予定です。また、パムとマークの遺族はこの悲しい時期はプライバシーに御配慮いただければと思っています」

マーク・E・スミスは31枚のスタジオ・アルバムをリリースしており、最新作は昨年リリースされた『ニュー・ファクツ・エマージ』となっている。さらに32枚のライヴ音源やコンピレーションがリリースされている。コンピレーションのうちの1枚のタイトルは次のようなものだ。『5万人のザ・フォールのファンが間違っているはずがない(50,000 Fall Fans Can’t Be Wrong)』

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