2020年を共に生きる人々に届ける、坂本龍一の無観客オンラインピアノコンサート

ライブ終盤、誰もが歓喜する場面が訪れる。映画『戦場のメリークリスマス』の劇中歌「The Seed And The Sower」と主題曲「Merry Christmas Mr. Lawrence」を二曲続けて演奏するという、粋な計らいだ。リズミカルなフレーズが押し寄せたのち、静と動を切り替えながら艶のある低音を響かせながら壮大な盛り上がりを見せる前者と、同じフレーズワークを繊細に弾き分け、移ろう情緒に観客を誘う後者。劇中を思い出して涙する人もいれば、押し寄せる美しいメロディにただただ感極まる人もいただろう。
これまでの流れを踏まえた “坂本龍一”という一アーティストを象徴するに相応しいライブパフォーマンスだ。

そして、昔から今へと繋がる。最後に披露するのは、今回が初披露となる「MUJI2020」だ。背後に映る限りない自然と大地は、配信を通じて世界中の人々が繋がっていることを象徴しているようだった。約2分の短い演奏を終えると、ピアノの脇から小物たちを取り出し、近年坂本が行っている即興音楽を添える。陶器の欠片を擦り合わせると、透明感のあるノイズが生まれた。この陶器の欠片は、坂本の2020年の活動をまとめるコンプリートボックス『2020S』に同封される「陶器のオブジェ」と同じものであり、坂本が自ら絵付けを行い、自ら割ったものだ。さらにピアノの中を叩き、弦を擦り、ティンシャの響きを空間いっぱいに広げたところで、全プログラムは終了した。

坂本龍一

坂本の音楽への向き合い方は、日々変化している。ノイズと音楽の境界線を持たず、一音ずつの響きや自然の揺らぎを大切にしたい。そういった坂本の想いは、冒頭のインタビューや最後に見せた数分間の即興音楽の断片により、多くの視聴者に伝わったのではないだろうか。

ただ、坂本の音楽には、情緒があり続けることは変わらない。ピアノ演奏であれ即興音楽であれ、特定の感情ではなく、受け手が持ちうるもので想像し、感じ取ることができる自由がある。聴く人々の数だけあらゆる音楽のかたちが生まれるからこそ、坂本は音楽そのものに対して、限りない自由を求め続けているのかもしれない。そして、「May the silence be with you.(沈黙とともにありますように)」。沈黙もまた、情緒を感じさせるひとつのファクターであり、自由と共に常に存在するものであるのだと、我々は音楽を通じて知ることができる。

坂本は現在、自身のコンプリートボックス『2020S』の制作に励んでいる。「アート作品を作りたい」という坂本の予てからの願いから、音楽はもちろん、音楽を包むもの、添えるもの一つ一つにこだわり尽くした作品だ。
作品を通じて“記憶”を共有することで、坂本と購入者が繋がるのはもちろん、この作品を手にする同じ時代を生きる人々とも繋がることができる。また、同作品には陶器の割れる音を使用した新曲も収録されている。このライブで映像・演奏の両方から、これまでにないリアリティを以て坂本の音楽を体感した今、作品や音楽をより身近に楽しめるのではなだろうか。坂本が抱く想い、記憶を、ぜひともに体験してほしい。

文=宮谷行美

Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 12122020
– Set list –
1. andata
2. 美貌の青空(Bibo no Aozora)
3. Aqua
4. aubade
5. 青猫のトルソ(Aoneko no Torso)
6. 水の中のバガテル(Mizu no Naka no Bagatelle)
7. Before Long
8. Perspective
9. energy flow
10.The Sheltering Sky
11.The Last Emperor
12.The Seed and The Sower
13.Merry Christmas Mr. Lawrence
14.MUJI2020

2020S

品番:RZZ1-77186~92(12inch盤×5枚+7inch盤×2枚)
販売価格:税抜200,000円
発売日:2021/3/30
特設サイト:https://shop.mu-mo.net/st/special/rsartboxproject2020/

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