人間椅子、晩夏のツアーファイナルでみせた〈恩讐の彼方〉

まだまだ蒸し暑さの残る9月7日、東京・渋谷のTSUTAYA O-EASTでは、人間椅子の〈恩讐の彼方~人間椅子2018年晩夏のワンマンツアー〉がツアーファイナルを迎えていた。
8月21日の仙台CLUB JUNK BOX公演を皮切りに、約2週間にわたって展開された本ツアーは、各地で大盛況。ここO-EASTにも、近年ますます絶好調の人間椅子の熱演を目に焼き付けるべく、大勢の観客が集まった。(なお、本公演の模様はニコ生にて生中継された。)
SE「此岸御詠歌」が鳴り響き、場内に手拍子が自然発生する。
和嶋慎治(G&Vo)、鈴木研一(B&Vo)、ナカジマノブ(Dr&Vo)の3人が悠々とステージへ歩み出ると、熱烈な歓声がフロアから送られる。

一瞬の静寂ののち、不気味極まりない「鉄格子黙示録」で幕を開けた今宵の宴は、開演早々、暗黒のスリルに包まれている。この曲の狂気に浸るうちに放たれた2曲目は「晒し首」。見事な流れである。近年あまり披露されてこなかったこの曲の堂々たる風格に、ファンは驚きと興奮を隠せない。ライブを観るたびに感心するのだが、和嶋、鈴木、ナカジマのあうんの呼吸によって紡がれる音には、一本筋の通ったロックを感じる。たったの3人でこれだけ豊かな音像を築き上げる手腕には、終始心躍るものがある。そして、思わず頬が緩んでしまう3人のMCは今夜も健在。巧みな演奏とおもしろトークとのバランスが、いつ観ても完璧だ。
ミステリアスな「時間からの影」で観衆を深く暗い幻想の世界へ案内したかと思えば、「夜間飛行」では、和嶋の操るテルミンと鈴木の歌声が何とも言えない浮遊感をもたらす。こうした楽曲の直後に聴く「品川心中」の飄々とした語り口と物語性も絶品だ。

人間椅子ならではの極上グルーヴが炸裂した「どだればち」は、本公演のクライマックスのひとつ。この曲から放たれる津軽の情念は、過ぎ行く晩夏を回想するにふさわしい。物悲しいハーモニカの音色を交えながら人生のわび・さびを重厚に表現した「野垂れ死に」や、ラヴクラフトの小説から着想を得た神秘的な「ダンウィッチの怪」など、人間椅子マニアの心をくすぐるような選曲も痛快だ。
本編も後半に突入し、場内のテンションは高まるばかり。人間椅子の新たなアンセムとでも呼ぶべき「命売ります」では、「バラババンバ バラババンバ」のサビを嬉々として合唱するオーディエンスの姿が目に飛び込んでくる。メラメラと燃え盛る「心の火事」も景気がいい。こうした力強い楽曲に連なる「黒猫」の余韻には高純度のおどろおどろしさがあり、彼らの怪奇趣味が存分に感じられた。


本編終盤は一段と大爆発。ナカジマがパワフルにドラムを叩きながら歌う「悪夢の添乗員」を合図に、観客はさらに気合い十分だ。続く「地獄の球宴」の轟音で一気にフロアは揉みくちゃに。そんな熱気を季節外れの「雪女」が妖しくコントロールすると、最後は一発「針の山」。お馴染みのこの名曲が盛大に着地した瞬間、オーディエンスからは惜しみない拍手と歓声がステージに向けて注がれていた。
観客はまだまだ帰路につくわけにはいかない。和嶋、鈴木、ナカジマの3人が笑顔でステージに戻ってくると、フロアの熱は再び上昇。アンコール1曲目は、これまたレアな「辻斬り小唄無宿編」だ。小気味よさと孤高感が絶妙にブレンドされたこの曲には、問答無用の趣きがある。鈴木がバイクのハンドル部分を改造した”地獄のハンドル”を操り、ナカジマがこの日のために用意した巨大フラッグを振る。そんな「地獄のヘビーライダー」に圧倒的な馬力と疾走感を見せつけられた観客は皆、大満足の表情を浮かべている。

ダブルアンコールを受けて、ラストに披露されたのは「なまはげ」。観衆を異世界へと導くかのようなこの情緒こそが、人間椅子の真骨頂だ。今宵は銅鑼の連打がとりわけよく沁みる。この曲が味わい深い余韻を残すと、フロアからは3人の手練れに向けて、いつまでも賞賛の声が送られていた。終わってみれば、要所要所で定番曲を披露しつつも、レア曲ざんまいのセットリスト。彼らのファンのかゆいところに手が届くような濃密な内容で、晩夏の旅を締めくくるにふさわしいツアーファイナルだった。
来年デビュー30周年を迎える人間椅子。そのライブの一瞬一瞬には、彼らが長年培ってきた経験が滲み出ている。「来年に向けて、30周年記念のオリジナル・アルバムを作ります。かつて聴いたことのない恐ろしいアルバムにしようと思っています!」と和嶋はこの場で宣言した。己の信じる道を貫くことの大切さ。彼らの〈恩讐の彼方〉をこの先も共に味わいたい。

TEXT BY 志村つくね
PHOTO BY 堀田芳香

1

2