青い光に照らされながら歌われたのは湯原昌幸の「雨のバラード」(1971年)だ。ASKAの歌い方のニュアンスは、自身のオリジナル曲を歌う時とはまた少し違っているため、シンガーとしてのASKAの魅力を再発見する場にもなった。昭和の名曲をカバーする企画が成立しているのは、ASKAの圧倒的な声量と幅広い音域と豊かな表現力があるからこそだろう。カバーでもASKAの卓越した歌唱力が際立っていく。原曲とはかなり違うアレンジが施された曲もある。ギターサウンドを全面的にフィーチャーした壮大なロックバラードへと生まれ変わっていたのはタイガースの「廃墟の鳩」(1968年)だ。ASKAのボーカルが真っ直ぐ届いてきた。<汚れなき夜をこの地上に再び創るために>という歌詞は令和の今にも切実に響いてきた。ペドロ&カプリシャスの「五番街のマリーへ」(1973年)では、ASKAの温かな歌声と優美なストリングス、たおやかなホーンの音色に酔いしれた。昭和を知る世代に懐かしさをもたらすだけでなく、昭和を知らない世代に、昭和歌謡の良さを知ってもらうために、歌い継いでいくのは意義深いことだ。
沢田研二のソロデビュー曲「君をのせて」(1971年)はASKAのソロアルバム『NEVER END』でもカバーしていた楽曲だ。ここでは原曲に忠実なアレンジでの歌唱となった。包容力のある歌声が染みてきた。歌詞の<夜の海を渡る船>のように、歌によって聴き手をどこかへと運んでいくようだ。「木綿のハンカチーフ」は、多彩な楽器編成を活かしたアレンジになっていて、1コーラスごとに変化していく起伏に富んだサウンドが時の移ろいを表しているようだった。ASKAの歌声が、時の流れの中で心替わりする主人公の悲哀に寄り添うように響いてきた。
ブルージーなボイスが新鮮だったのは上田正樹の「悲しい色やね」(1982年)だ。さらに、ASKAの音楽に大きな影響を与えた音楽家・プロデューサーのデヴィッド・フォスターがプロデュースして、ジョシュ・グローバンによって世界的なヒット曲となった「You Raise Me Up」(2003年)も演奏された。白い光の筋を浴びながら、こぶしを握りしめて、ASKAがエモーショナルに歌いあげていく。英語の歌だが、思いがたっぷり詰まった歌声、ソウルフルなコーラス、広がりのある演奏が一体となって届いてきた。














