bird インタビュー

ー 活動領域が広がり、妊娠・出産を経て、よりオーディエンスへ近づいていくライブ主体の活動へ。PART.4では「vacation」~「9」までをお送りします。

ー「vacation」以降、活動のフィールド自体も多岐に渡っていった印象があるのですがこの辺りはいかがでしょうか?

まず、4枚目を作り終わったあと、もう1枚田島さんと作りたいって思ったんですよね。もう少し、コンセプトがあるものでということで、森さんにも入ってもらって作ったんですけど…私の中で結構やり切ったんですよね。そんな折に谷川俊太郎さんのお話をもらって。何回かやりとりをさせて頂いて、コンサートや「SONG BOOK」にも参加させて頂いたり。これまでと違うんだけど、音楽にかかわるものをやってて。少し後になりますけど、「鳥」名義のものも沖縄限定で出しました。沖縄方面によく行くようになったきっかけは、「ハイビスカス」を出した時に何か面白いことがやりたいって思ってて、沖縄の宮古島にハイビスカス条例(宮古島の傍にある来間島にある、各家庭に1本のハイビスカスを植えようという条例)があるのを知ってライブをやったんですけど、それが大きいですよね。沖縄でライブをやるのが増えて行って、毎年参加させてもらっているMusic Conventionも今年で9回目だったんです。

ーこの頃が始まりだったんですね。「BREATH」については?

5枚目のあと、これまでの流れ…制作してツアーに出て、また休んで制作してっていう大きな流れがあるんですけど。インドにずっと行きたくて、その流れの休みで行ったんです。そこでヨガを道場でやってて、「息を吸って吐くってすごいな」って(笑)歌も同じだなって。旅から帰ってきて、生まれてから死ぬまで呼吸ってするし、そういうイメージをアルバムで作れないかなっていうのがきっかけで。息ってリズムがあるんですけど、いろんな状況でリズムが変わるのを楽しめたら良いなと思って。コンセプトを決めて、冨田さんにお願いをして制作を進めていったんです。その中の「ファーストブレス」は、夏頃に妊娠してることがわかって、元々”生まれる”っていうコンセプトを自分で描いてはいたんですけど、あんまりピンとはきていなくて(笑)だったら生まれてからこの曲は書こうって。他の曲から先に動いて、出産後に作ったんです。

ー出産前と出産後の声と言葉が詰まってるんですね。

時間は掛かったんですけど、せっかくこういう機会があるのに、それを知らないまま書くよりは、体験してから書いた方が良いと思って。最初は穏やかな曲になるのかなって思ってたんですけど、「出産ってこんな大変なんだ!」って(笑)だからああいうアッパーな曲になったんです。

ー出産によって心境の変化はあったと思うんですけど、歌い方については変化はあったのでしょうか?

出産後というよりかは、お腹の中に赤ちゃんがいると重いんですけど、重心がズシっとくるんですよね。私、背が小さいからあんまりそういう体験がなかったんですけど、ごついゴスペルの方ってこういう感じなのかなって。純粋に歌いやすいんですよ。出産した後もその感覚って覚えていて、それは大きいですね。あと、自分ではわからなかったんですけど、周りのミュージシャンの方々から、妊娠している時の方が声は穏やかだって言われたんですよ。それもあって2人目の時も、敢えてちょうどお腹にいる時に、「海を見つめて」(NEW BASIC収録)っていう曲を録ったりして。

ー出産後、レコード会社の移籍もありカバーから始められましたが?

きっかけは「BATUCADA」のお話を頂いたことで。それからアルバムを作ることになるんですけど、これがおもしろくって。大学の時にやってたカバーの在り方と違って、自分の言葉で歌ってきた後のカバーだったので、誰かが書いた曲の言葉の選び方とか、歌い回しとかにどう寄り添うかという意識の差。昔は、ただカッコ良いからやるだけだったけど、ものを作るという視点で名曲たちを吸収できたのは、ものすごく勉強になりましたね。

ー楽曲セレクトもリスナーからの声が反映されていたとか。

そうです。元々聴いていた曲ではないものばかりを集めてだったので、楽しかったですね。あと、楽曲の見方も変わって。学生の時はカバーして歌って「私の歌って?」ってなるじゃないですか(笑)モノマネでもいけないし、私らしいってわからないし。作り手ではなく、歌い手に徹しきれるのってカバーだと思うんですね。それがこのカバーアルバムで出来て、気づけたってことが良かったと思います。

ー2010年から結構忙しくなるんですよね。

忙しかったですか?覚えてない(笑)

ーライブが多くなったタイミングな筈です(笑)

あ、「NEW BASIC」を作るまだ前段階なんですけど、ちょうどGentaさん、田中義人さん、金子雄太さんの3人(The N.B.3.)とやるようになったんですね。カバーだったりとか、過去の楽曲をベースレスでこのトリオでやってみたらすごくおもしろくて。特に過去の楽曲は雄太さんが入ることによって、新鮮に聴こえますし。ライブをその年に結構やって、「やっぱり新しい曲もやりたいね」ってなるんですよね。それで新作をライブで披露をし始めて行くんですけど、「だったらライブで新しい曲どんどんやって録ろうよ!」ってなって、クロコダイル(東京クロコダイル)とかで全部新曲をライブでやって録音するっていうのをやったんですね。

ー今までなかったですよね?先程の大きな流れの話の真逆で、ライブが先でリリースが後というのは。

はい。ライブでいつも新しいことをやっているって良いなって思って。お客さんも初めてだから戸惑うじゃないですか。その都度、アレンジを変えたり歌詞を変えたりしながら、一緒に育てていった感じですね。また、その辺りから同時進行で樋口さんとのライブも。これまでってホールとかライブハウスばかりだったんですけど、普段音楽をやらないような場所でも良い雰囲気の場所があればライブをやっていきたいねって話してて、ライブが増えていったんですよね。

ー「NEW BASIC」についてはライブ録音という初の試みでしたが、先程のお話にもあった通り、お客さんも含めた空気感をパッケージした作品っていうアプローチもすばらしいですし、スタジオ録音での4人のシンプルさの部分が「NEW BASIC」をもたらしてくれているのではと思わせてくれたのですが。

そうですね、ライブだとお客さんと一緒に作っていけるじゃないですか、それは楽しかったですね。来て下さった方のクレジットも入れれましたし。あとは3人とやったことで単純に音を楽しむってことが新しい基礎って思えたのもありましたね。

ー樋口さんとの”そうだ ◯◯、行こう。”シリーズは、お客さんとの距離も近いですよね。どんどん、birdさんがお客さんに近づいて行っているというか。

敢えてそういう場所を選んでいて。普段音楽をやっていない場所でも、出来そうであればやってみる。誰かがやれば、また違うミュージシャンの方が出来るだろうし、常に音楽がある場所が増えたら良いなって。近いことによって、コミュニケーションが取りやすいですし。

ーしかも、歌とギターっていう最小限ですから、必然的に歌の力ってバンドでのライブより必要だと思うんですよね。

ある意味、タフでいなければいけないというか…精神的には強くないと出来ないですよね。どっちかが倒れたら終わりなので(笑)歌い手としてはそういう場所があることが、ものすごく有難いですね。やる曲も決めずに行くので、セットリストも毎回会場で決めるんですよ。会場の雰囲気に合わせて決めて行くので、やる曲も徐々に増やしていってますね。

ーそして2011.3.11に大震災があって。

「NEW BASIC」のスタジオ録音をする何日か前だったんですね。2日後くらいに録音するのが決まってて。でも物理的に出来る・出来ないっていう問題があって。例えばエンジニアの方がいないとかあったし、あと、参加頂くミュージシャンの方にどういう気持ちかの確認をしました。結論から言うと私も含めて出来ることをやろうってなって、押さえていたスタジオは電力が使えない状況だったので、別のエンジニアさんとスタジオを探して制作することにしました。あと歌詞を「flowers」だけ変えたんです。元々は別の歌詞だったんですけど、少しでも前向きになれれば良いなという想いで直しました。音楽をやる人なので、出来ることは私の場合は歌うことだから、止まらずにやる選択をしました。

ーそういう活動をされるアーティストの方々に勇気づけられた人って、絶対たくさんいると思うんですよね。birdさんの行動もそうだと思いますし、先程の”そうだ ◯◯、行こう。”シリーズでも伺いましたが、より近い場所っていう選択も届けるっていうことと同義だなと思いますし。

最初は足を伸ばせるところからだったんですけど、「ここでもやれるんだ」っていうところは、直接コンタクトを取ってやって。そうやってると、人との出会いから他の場所も出てきたりして、少しずつ広がっていきましたね。

ー最近だと、1つの地域を隈なく周られたりもしてますよね。

そうですね。例えば北海道は、札幌はそんなに多くは行ったがなかったんですけど、このシリーズで昨年から細かくグルグル回って。今年は最北端近くの稚内のお寺でもやったりして。そういう場所まで全然行けてなかったし、人が集まってくださって嬉しいですよね。

ー田舎だと、そもそもミュージシャンの方がライブに来てくれませんからね(笑)でも、そういう場所にもちゃんと来て下さるのはファンにとっても嬉しいですし、このシリーズは是非とも続けて頂きたいですね。

個人的に旅がそもそも好きなので、今までは休みの時期に行っていたんですけど、今は音楽と旅が繋がっているのですごく楽しいです。

ー15周年の今年は「Home」・「9」のオリジナルアルバムと、昨年と変わらないライブ数で、すごく充実されていたと思うのですが?

春から秋にかけてイベントもたくさん出させて頂きましたし、ライブもたくさんしましたね。今年何本やってます(笑)?

ーイベント合わせて約60本です(笑)

けっこうやりましたね。前は制作期間とライブってモードが全然違うから、うまく切り替えが出来なかったんですね。今はライブがたくさんある中で、ちょくちょく制作ができるようになったので。多分、新曲をライブで披露するっていうのが大きかったんだと思います。

ー「9」もその延長で制作できたんですか?

「NEW BASIC」の後にまたみんなで作りたいねって話をしてて、闇雲に作るよりはテーマがあった方が良いってなったんです。自分の中で少しずつ育ってきたんですね、いろんな世界・グルーヴ・リズムのうねりの楽しさっていうのを、今までいろんなミュージシャンの方達と音楽をやらせてもらって、そういうのをやりたいってなった時に、ブーカルー(1965年~1970年ごろにかけて主にニューヨークで流行したラテン音楽の一種。リズム・アンド・ブルース、ソウルなどの米国のブラック・ミュージックと、キューバ~カリブ系のラテン音楽が混合されたサウンド)みたいなのが良いんじゃないのってGentaさんに教えてもらって。だったらベースの人いた方が良いって話になり、デビューの時からお世話になってる澤田浩史さんにも参加してもらうことになるんです。

ーそれでThe N.B.3.からThe N.B.4.に。

はい。このメンバーのライブで、少しずつ育てて出来た楽曲が「9」です。澤田さんが入ることで、さらに広がりましたね。

ーこれまでの充実した活動を通して、今後の15周年以降も続けていきたいこと、またやりたいことを教えてください。

歌い手として、どこまで続けられるかわからないですけど、続けられるところまでやっていきたいですし、まだまだ歌うことの発見もあるので新しい扉を開けて行きたいです。音楽は私にとってコミュニケーション方法として”繋げる”という重要な役割を担ってくれるものなので、これからもジャンルにとらわれずに良いなと思えるものをやっていけたらと思います。

取材:2013.12.16
撮影:Makoto Honda
インタビュー・テキスト:Atsushi Tsuji(辻 敦志) @classic0330

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