TOSHI-LOW(BRAHMAN)インタビュー

ーTOSHI-LOWさんが子供の頃のお話から聞かせて下さい。

このインタビューって全部聞いていくの?かいつまんでいかない?

ーわかりました、小学生の頃のエピソードとして記憶に残っていることはありますか?

印象に深く残ってるのは、学校の帰り道とか1人が多かったかな。勿論、適度に友達の家に遊びに行ったり、球技もしてたけど。

ー1人が多かったのは、TOSHI-LOWさん自身が望まれてでしょうか?

何かね、孤独感があるというか…学校生活に馴染めていなかった。別にいじめられていたわけじゃないから、周りから見たら普通だけどね。ただ心の中では、自分だけふんわり浮いてる感覚だった。

ー例えば、休み時間に遊ぶことが楽しめないとか?

そういう子供っぽく”楽しい”って思うことが少なかった。どっかに虚無感があって「人はいずれ死ぬんだ」とか「地球は太陽が膨張して、全てがなくなるんだ」とか(笑)そういうのを気がついたら考えてた。

ー普段、なかなか考えないことですね。それは中学生になっても変わらないのでしょうか?

中学生になってくるとさ、もう他の悪いことで忙しくなってくるから。

ー(笑)

それ以外にもオレ、4~5歳からずっと水泳やってたから。県大会(茨城県)でいえば上位で関東大会に出れるレベルだったから、自分を表現することとして重要だったよ。

ーすごい!種目は何ですか?

長距離のフリー(自由形)。

ー実は僕もずっと水泳やっていたので…

どこでやってたの?早かった?

ー背泳ぎだったんですけど、富山県で北信越大会を目指すっていう、TOSHI-LOWさんが関東大会出られたのと同じ感じですが早くなかったです…先程、”1人”というキーワードがありましたが中学生になって交友が広がりましたか?

いや、自分の街だから変わらないよ。高校になってから街をまたいで通学することになるのもあって、新しい友達が出来るんだけど、それは学校で出来るんじゃなくて音楽を媒介にした不良が集まる場所。水戸に「LIGHT HOUSE」っていうライブハウスがあるんだけど、そこがライブハウスになる前のスタジオの時で、集まっていた他の高校の同級生とか、昼間ドロップアウトして学校を抜けて来ちゃうようなヤツらだね。

ーバンドマンだったり、暴走族だったり?

そう。その中で敵対もするし、仲良くもなるし。初めはみんな知らないけど、誰かの友達だったりしていく。オレらみたいに金髪のバンドマンだと目立つし「誰だ?」ってなってモメたりもしてたけど、高2とか高3になるとそいつらがライブに来たりね。

ースタジオが交流の場になっていたんですね。

バンドで借りたスタジオに50~60人呼んでライブを演ったんだけど、オーナーに怒られて。でも、それを観たオーナーが”これは行けんじゃない?”って思ってライブハウスになった…

オレさ、今このインタビューあんま面白くないんだけど。何か知ってる内容を質問されてる気がするんだよね。そういうのさ、他所のインタビュー記事見れば良いしさ。当てはめて答えていくの苦痛なんだよね。

ーすみませんでした。僕が率直にお伺いしたいことに変えて、仕切り直させて下さい。

仕切り直し!

ーでは改めて宜しくお願い致します!TOSHI-LOWさんに今回のインタビューでお伺いしたかったことの大前提として、ライブパフォーマンス以外でのTOSHI-LOWさんの言葉や活動を見られる機会が、とても増えたと思っています。これらは元々持っていたものを発せられているのか、それとも何かのきかっけから発せられているのか?

元々持ってるものだと思うよ。ただ、たまたま見せてる角度が違うだけであって、自分もその見せ方が増えたり減ったりするけど。ないものは出ないし、あるものは隠せないから、今こういうバランスになっているんだと思う。で、震災後の活動を見て、勿論「偽善者」とか「売名」っていう人もいるだろうけど…偽善なんて言葉が勿体ないくらい、オレ「悪人」だから。

ーいやいや、そこまで…

別に謙遜しているわけじゃなくて、自分が「悪」で良いと思ってる。自分の中にそういう部分がメチャメチャあって。音楽誌では言えない様な話…人を傷つけたこともいくらでもあるし、今でも傷つけてると思う。たまたま、こんなクソみたいなヤツでも「これ位は出来るよ」っていうだけの話であって。例えば、困ってる人がいたら助けようっていう想いとかね。でも、360度どの方位にもそうかっつったら、そうは思わない。多分、オレは極端だから、若い時はバランスがあんま取れなくってさ。人の事でも涙が枯れるくらい悲しくなることもあれば、人から見れば同じ様なことでも全く心に響かないで無視することもある。それが「薄情だな」って思われることもあるだろうね。自分の中にすごい燃えたぎるような熱意もあるけども、すんごい冷淡なところもある。人を尊敬の眼差しで見ることや、人一倍人懐っこくなるとこもあれば、すごく人をクールに見てることもあるし、見下してるようなこともある。それは、どちらかに偏ってれば楽だったからライブで言葉を発さないでいた。そうすると、悪く見られるというか…勘違いされるじゃない?その答えは人それぞれじゃん?暴れるだけ暴れて帰ったとして、それを「表現」と見てくれる人もいれば、「なんだあいつらは」って人もいると思う。ライブを見てる人が、良いも悪いも何の情報もなしに評価すればって。そうやって、バランスが取れてたんだと。

ーどう捉えられても”TOSHI-LOW”であることに変わりはないと?

それを人間っぽいっつったらいいのかな…震災後、みなさんが思ってるような「結構喋れるんだな」とか「あ、こういう面もあるんだな」とか、その全く逆側の部分もあるわけだよね。だからって、オレが変わったのかっつったら、実は全く変わったわけではなくて。月の映り方と一緒で、光の当たり方によっては満月に見える時もあれば、三日月みたいに見える時もあるし、真っ暗にもなる。昼間も月はあるけど見えないわけじゃん?そういうモノだと思ってる。で、基本的にオレは太陽みたいな人間じゃないと思ってて、どっちかっつったら種類的には月の方だと思ってる。だから、取材してもらうことも、偉そうに社会的に言うところが取り上げられるのも嬉しいけど、同時にそれがすごく違和感もある。何故かといったら、そんな人間じゃない。偉くもないし、オレの心はもっと荒んでるし、真っ黒な部分もいっぱいある。人一倍ピュアなところだって、何パーセントかはある。その部分ばっかり照らされれば、そう見られたり考えられたりする。でも、オレの中ではそうじゃないから。

ーTOSHI-LOWさんが思うことや考え方が変わってない中、これまでと違う照らし方によって、私達が知らなかった面が仮に光の部分だったとすれば、TOSHI-LOWさんは「悪」と表現されましたけど、これまで私達は影の部分を知っていたことになりますね。その上でライブという表現の中では、その光と影という部分自体を超越されていると感じるのですが?

それは「明日はない」と思ってるから。明日があるなんて思ってなくて…明日生きてるかどうかなんて、全然分かんないじゃん?って言っても「でもオマエ生きてるよ、オマエみたいなヤツは」って笑われてたのが、2011年3月11日からみんな笑わなくなった。自分が思ってもみなかったこと、まさかこんなことが起きるなんてっていうことをみんな「うわっ」て感じたわけじゃん。津波・地震・原発事故…でもオレは「ほら、言った通りだ」とかは思ってないんだよ。そうじゃなくて、何れそういうことが起こる可能性があると思っていたから。スゲェなとは思ったし、ヒデェなとも思った。でも、心の底からびっくりしたかっつったら、正直に言えばそうではない。

ーそれは、現地に行かれて?

勿論。オレが見たことない光景だったけど、それを見てて「非現実的な世界だ」みたいな感じには全く思わなかったっつうか…逆にそこにはリアルがあったし、これも人生の一片であるなっていうことをすごく感じたから。やっぱ自分が、心のどこかで思っていたことの方が正しかったんだなっていう認識の方がデカかったっつぅ…子供の時の話に戻るけど、「北斗の拳」の初期とか、さいとうたかおの「サバイバル」とかで、核戦争とか地震が起きて1人だけ島に残されたらどうしようって、本気で読んでたから。そん時どうやって、熊を倒すんだろう?って勝手に武器作ったりして(笑)それがすごいあるんだよね、心の中にずーっとある。

ー例えば、僕らが生きていて必ず向かう方向で「死」というものがあるとするならば、そのタイミングは明日かもしれないということを、子供の時からTOSHI-LOWさんは向き合っていたんですね。

そう、なんで子供のときに自分が浮いてたかっていうのがまさしくそれで。子供の時って、未来について「将来何になりたい?」とか聞かれるじゃん。それがすごい嘘臭く感じてて。何故なら子供でも死ぬじゃん?事故にあったり、犯罪に巻き込まれてかもしれない。なのに何故、将来何になりたいかとかどうやって幸せになるかとか話さなきゃいけないんだろうっていう苦痛。
将来何になるかよりは今、水泳で勝ちたいって思うタイプだったから。一応便宜上、書かなきゃなんねーからオリンピック行けたらいいとか言った気はするんだよね。でもそういうの書きながら、心のどっかで「ケッ!」て思ってた。すげぇ可愛くない子供だなと(笑)

ー扱いづらかったかもしれないですね(笑)

だから、親や友達と喧嘩して「死ね!」「死んでやるー!」とか、子供だからそういうことを平気言うじゃん。そうすると、言ってしまったことにすごい慌てる自分がいて。何故なら、死ぬって分かってるから「オレが死ねって言って、死んだらどうしよう」と思って。「この人を殺さないで下さい!神様!」って言ってもう1回、頼み直すみたいなことがすごい多かったな。

ーTOSHI-LOWさん程、「死」へのリアリティを感じられている人が少なくて、周りと浮いていたと感じられていたんですね。またそこへの恐怖感の中で、自分が生きていることを実感されていたのではないでしょうか?

うん、まあ子供の時は「いなくなってしまう」っつうことが恐怖であったりするんだろうけどね。
人から見たらバカらしいんだろうけど、オレみたいなタイプだとずっとね、大人になっても何があるわけじゃないのに「死」っつうものはいつも横にあるから。そうすると麻痺してくるというか…さっき言ったように、人生の欠片って言ったら最後なんだけど、「死」は特別なことじゃないから。例えば震災で言えば、見たことないあんなにでっかい被害っつうのがあって、悲惨であるとか尋常じゃないなとか思うけども、やっぱどっかではそれも自然の1個っつうかね…残酷だけど、地震や津波が来たときと同じように、浜辺に住んでるっつうことは、そういうことなんじゃねぇかなと思う。だからオレは海の町が逆に言えば好きだし、ちょっとトッポイ兄ちゃん達がいてオッサン達が喧嘩っ早くて、だけど人懐っこいあんな海の町の人達が、やっぱり好きなんだと思う。

ー昨年リリースされた「超克」は日本語が中心とされた楽曲でした。その中で「俤」の歌詞がすごく印象的だったのですが”俤”という漢字を僕は知らなかったんですね。これまでも歌詞の意味を表す手段として、漢語がすごく重要な役割を果たしていたと思うのですが、日本語で歌うにあたって変化はあったのでしょうか?

オレもあの漢字を知らなかったよ。”おもかげ”っていうタイトルが浮かんで、「面影」って書いてみたら全然イメージに合わなくて。それは”面影”って表してしまうと「影」いわゆる「shadow」「残像」のような、実体のないものになってしまうだろうから。オレが言いたい”おもかげ”っつうのは「そこに確かにあったもの」であって、あれ”亻(にんべん)”に”弟”でしょ。”亻(にんべん)”って人じゃない?これはオレが見た光景とまるっきり一緒だなと。そこに確かに”人”がいたわけだから。あ、これはオレが思ってた、”俤”だって思ったんだよ。そこまで辿り着くのに、すんごい右往左往したけどね。

ー辞書を何度も引かれたり?

「あれでもない、これでもない」って、ものすごい調べて。勿論、他のタイトル探したりしたけど、せっかく漢字に意味があるから、もっと実体のある言葉で”おもかげ”的なものにしたいなと思って。
別に難しい漢字を使いたかったわけじゃないし、むしろ昔よりそれは減ってるのね。勿論、自分も読めない漢字が多いし、全部が読めたり書けたりするわけじゃないから。でも、1個1個精査して選んでくと「あれ、本当にオレが思ってる漢字ってこれかな…」って思ったら、もう3種類・4種類あったりするんだよね。それを選んでいくと「あ、これだ!」って。でも、どうでもいいところは簡単なものにしてもいいしね。ただ大事なところに関してはそうしたかった。今考えれば、むしろ昔の方がわざと難しくして、小難しく見えるようにしてた気はする。

ーでもそれは、楽曲へのイメージをより深くさせる為にですよね?

いや、逆に中身がないから外身をつけようとしてたんだと思う。

ーすごい正直ですね…ただ今のお話を伺って、夢物語ではなく実体があるものには日本語・漢語で表現するのが大事で、それは変わることなくTOSHI-LOWさんが敢えて選んでいたのだと。

結局、震災が起きるまでは、死へのカウントダウンの歌を歌ったとしても、「別にアンタ、健康な人が何を言ってるの?」ってなるわけじゃん。さっき言った「そんなのさぁ…(笑)」みたいな笑い話ではなく、震災以降は捉え方が変わった人達も多いと思うんだよね。いつ何が起こるか分からないこの世に「絶対」とか「まさか」なんてないんだっていう。末期癌の患者より、自分や健康な人が早く死ぬことだってある。さっき笑ってた人が、一瞬で灰にならなきゃいけなくなることもある。で、オレも頭の中で想像してたことじゃなくて、見たものじゃん。その現実化したことが、自分の空想上じゃなくて「こうだった」「こうだったけど、じゃあオレはどうすんだ」ということを書かなきゃならなくなってしまったし、オレも次に行かなきゃいけなくなってしまった。そうすると、言葉もより現実に近くなってくるし、肉体化してくるんだと思う。だからオレはやっぱり変わってないんだと思うよ。見てる人達や聴いてる人達が「これ、そういうことだったんですよね?」っていう風に変わっただけであって。

ー実際にライブ会場での多くのオーディエンスは「BRAHMAN」を”体感する”ことで良い意味で暴れたりしていたところに加えて”共感する”という部分が増えてきたんだと思います。

共感…でも暴れてもいいんだよ、自分もそうだったからね。ただ暴れたかったし、たまたま道路の上じゃなくてライブハウスだっただけの話なんで。むしろね、歓迎するし(笑)邪魔しなきゃ(笑)

ー(笑)ライブ中にオーディエンス側に降りるシーンが多いですが、本能的に行ってしまうんですか?

いや、わかんない。自分で「あぁ、お約束になっちゃったな」って思ってる部分もある。

ー本当ですか?

だってほら、なんとなく自分でタイミングとか考えてるってことじゃん?

ー(笑)なるほど

ただのお約束だからとかじゃなくて。例えばバンドだってさ、曲決まってて演ってりゃバカらしくなるじゃん?ある程度、自分のやり方があるんだと思うし、そこに緊張感を持たせる一瞬のタイミングをね「キュッ!」って持っていきたいっていうのはあるよね。

ーあのタイミングがバンド・TOSHI-LOWさんの中で、1つのピークポイントになっている?

だって、ちょっと覚醒してなかったらあんなのやらないでしょ?冷静に「あ、すいません…」つってさ(笑)「ちょっといいっすか?頭の上、宜しいでしょうか?」みたいな(笑)そんな失礼なことないよね、「ウォオッッ!」って思うからさ。

ー(笑)「BRAHMAN」でこれだけ表現出来ている中で、「OVERGROUND ACOUSTIC UNDERGROUND」では別の表現方法が成されていますけど、TOSHI-LOWさん自身も得られていることがあるのでしょうか?

あれじゃない?「バンドマン」としては、別に優れてないとは思ってないし、自信ないのかっていったら堂々とできると思ってる。けど、やっぱり「唄い手」「音楽家」「プレイヤー」としてどうなの?っていったらもう下の下だから。確かに上手くて何の心も打たない音楽よりは、そういう自分…下手でも心を打つ方が何十倍もいいと思ってる。だけど、それを言いわけにしちゃダメだなって思ってたところもあったんだよね。さっき、暴れるだけでもいいとか言ってたけど、じゃあ暴れるだけでさ、やっていい限界だってあるじゃん?例えばその歳になってもそれだけかよ…みたいなさ。丸くなるって意味じゃなくて、生きてきた相応に感じるものがあるから、それだけでは生きていけないよねと。だから自分が選んだバンドっていうトコの一角である、パッションの部分だけでやってきてしまったもの以上のものが、やっぱ必要になったんじゃないかな。そう考えれば必然だったんだと思うし、やったことによって、自分達の寿命は延びてしまったよ。

ーそれは「BRAHMAN」としてですか?

だって、アイドルは60歳までやんないでしょ?寿命があるっしょ?だから自分たちが単に暴れるだけだったら、わかんないけど10代で終わったり。ただ単に大人っぽい音にするとか言ったら、どっかで終わってたんじゃないかなと思う。そんだけ単一化してたり、自分達を切り取って”これだけ”にしてくと、絶対無理があるじゃん。全てに「表と裏」「上下左右」があるから。前までは上下左右全部行って終わりか、崖から落ちて人生終わりみたいに思ってたんだけど、そうじゃなくて「あ、もしかしてもう1回自分が歩いてきた道行くのか?」って気づいたよね。そういうのがメビウスの輪なのか分かんないけど、そうなった時に同じでは出来ないよね。それこそお約束になるよね。

ー例えば同じ楽曲を演奏しても「進化」があると?

そう。自分でお約束にしない為には、そうならない為のもう1歩進む歩幅があれば、ずっと同じことや同じ曲をやっても、お約束にはならないとオレは思ってる。でも条件があって、自分が進化や変化をし続けていけるならって話であると思っていて。自分が成長を止めてさ、安定だと思ってそこに座り込んで「安定は希望です」なんて言い出したら、最悪。まぁオレの音楽、表現者としては終わりだろうね(笑)

ーライブが正しくそうですよね、良い意味で安定が出来ない。だからこそ、最高も最悪もあるけれど、その覚悟でずっと続けられているわけですよね。

やってるつもりなんだけど、今でもブレたり調子こいてたなとかあるよ。やっぱ良くできたら図に乗るし、悪くなったら落ち込むし。最悪のライブだと、前はどっちかっつうと投げ出したんだよね…投げ出したっていうか、ちょっと背中見せてた気がする。マイクに向かってなかったっつうか、それをキレて暴れることで誤魔化してた気はする。

ーでも、それはそれでパワーになっていたとも思うのですが?

もちろん、もちろん。自家発電の怒りみたいなね。「何でうまくいかねーんだオレは!バカが!」みたいな感じで”ガラガラガッシャーン”っていうこともできるけど、そんなの続かないよね。

ーそうですよね…先程、「両極端」というお話がありましたが、ライブもきっと真ん中がないと思うんですよ。「まあまあだったね」っていうライブがない。

酷かったなってライブ、いくらでもあると思う。むしろオレら、他の平均的バンドよりもすんごい多いと思うよ。その1回だけ見た人で「あれ?」って思う人いっぱいいると思うもん。

ー僕も若い時に、「金沢vanvanV4」っていうライブハウスに「BRAHMAN」がツアーで来てくれたことがあって観に行ったんですけど、若気の至りでTOSHI-LOWさんに伝えたらすっごい怒られました(笑)

図星の時が人間1番怒るからね。もし、自分が分かってなければ特にさ。だから、図星だったんじゃない?

ーその節は失礼致しました…東北のことについてもお伺いしたいのですが3.11以降、色んなミュージシャンの方々の関わり方がある中で、ライブ活動、復興支援活動、幡ヶ谷再生大学、東北ライブハウス大作戦等、自ら被災地へ行き続けられていますね。

自分の為にやってるからね。三陸の為とか、東北の為じゃない。自分のエゴやわがままでやってるんだと思う。東北に行って、そういう風にしてると、なんとなくもう1回自分を見直せるというか…それも答えが1個じゃなくて、何回も行ってれば情が湧くし。

ーそれこそ、現地のミュージシャンに限らず、親交が生まれますよね。

今までバンドだけやってたら、絶対知り合わないような人がいっぱいできるよね。普通に石巻行って、漁師と呑みに行ったりすんだよ。まぁ、地元とかだと音楽で出会った人以外もあるんだけどさ。
高校生の時から音楽を通じてしか、基本的には友達いないから。東京出てきてからも、ほとんど音楽通じての友達だし。てことは、そうじゃない人ってすごい少なくてさ。そうじゃなくって友達になったから、自分に良い部分もあるんだよね。別に「BRAHMANなんて知らねぇよ!」みたいな感じで付き合うわけじゃん。そうすると人間だからさ、オレらが「売れてる」「売れてない」とか、そんな評価じゃないじゃん。泊まってベロベロんなったオレがね、管巻いてさ「最低だなオマエ」って言われてるオレでいいわけであって。

ー(笑)音楽のコミュニケーション方法でTOSHI-LOWさんが築かれた繋がりもあれば、お話頂いたようにTOSHI-LOWさんという人間性で築かれた繋がりが出来ることで、見つめ直すという部分に繋がっているのでは?と、お伺いして思いました。

まぁ、自分に音楽があって良かったよね。なかったら…他の表現方法があればいいけど、オレの場合は犯罪じゃない?なかったら、最低な部分いっぱいあるから。デリカシーもねぇし、深く人を傷つけることもする。したいと思ってしてるわけじゃないけど、結果そうなってしまうことがあるし。

ーでも、それはTOSHI-LOWさんが嘘をつかないでいる結果だととも思うんですよね。

確かに。自分では嘘をつこうと思ってついてはないけど、言いわけだって2個も3個も重ねていけば、「あぁ、これは嘘になってしまったな」っていうことだってあるよね。変わらないでいようと思うと、逆にどんどん嘘になっていくことだってあるじゃん?「すごいピュアな気持ちのまま、震災に取り組んでます!」「3年間変わりません!」っつったらやっぱり嘘なんだよ。自分の中でも、風化してる部分もあるんだよね。あんなに人に偉そうに言うくせに、自分でふと忘れてしまったりすることとか。あんとき大泣きしてたくせに、もうなんとも動かなくなってしまった自分もいたりとか。
小さな幸せに感動してた自分もいるくせに、また電気が煌々とついてる日常が当たり前になってる自分もいるじゃん。だからそれを結構、繰り返すというか…

ーそれこそが「自分の為に」という部分と「見つめ直す」という部分ですよね。

そうだね。だから最近思うのは、今後は評価されなくてもやり続けると思うし、むしろ評価されない方が今後はいいのかなと。本当はそんなことは別にオレの音楽とは関係ないのであってね。ただ、オレが歌いたいことに近い…とても近い事案が起きたんだよね。だから行き続けると思うし、それは何も偉いわけでもないし、すごいわけでもない。「誰の為にやってんの?」「誰を救ってんの?」っつったら、多分オレは自分自身のことを救ってるし、自分以外は救えない。

ーそれでも、TOSHI-LOWさんが現地に行かれたことで、救われた方がいると思うんですよね。

それも勘違いじゃん?良い意味でも悪い意味でも。勿論オレだって、一生懸命付き合う人とは付き合うし、「最悪ですね」っていう高校生には「バーカ!」とか言うかもしんない。だからその瞬間・瞬間でしかないよね。ただ、その瞬間・瞬間がずっと続いてくると、また慣れてしまったりとか、気をつけてたのにもう二度とこんなことしないと思ってた過ちを繰り返してしまったりとかあるよね。
「勉強しねーな、オレはバカだな」と思うことも多いから。まあ、何でもやりたいと思ったことやった方がいいよね。やっぱ、やらない後悔って役に立たないから。やった後悔は次に進めたり、それが最悪だとしても、その最悪を噛み締めて生きていけるじゃん。

ー今日のインタビューがそれに近くて…最初、TOSHI-LOWさんに「面白くない」って言われたのがショックでしたけど、それでもインタビューして良かったなと感じてます。

まあ、こうなればね。

ーはい、勿論最初に大失敗してるのですが…

(笑)帰ろうかと思ったよ。

ー(苦笑)本当にすいませんでした。

そんなの、もう分かんないけど○○○○とか、つまんない雑誌読めばいいじゃん、みたいに思うよね。

ー2010年から始められた「NEW ACOUSTIC CAMP」の”ゆったりとした”空間は、今ある日本のロックフェスでは得られない体験ですよね。

あれ、楽しくない?

ー楽しいです!これは、活字にする前に行って感じて欲しいです。

(笑)もうね、これ以上人が増えないで欲しいもん。すんげぇ楽しいから。

ー出演アーティストの方に失礼かもしれないですけど、寝そべりながら聴こえてくるあの心地よさが堪らないです。

いやいや、もう狙い通りだから。従来のフェスみたいにさ、「これ見てこれ見て…これ見てこれ見て」ってあっち行ったりこっち行ったりするんじゃなくて、もうちょっとゆったりとね。けどハードコアキャンプみたいになってあまりにも山奥になってくると、今度キャンプが大変じゃん?

ー(笑)そうですね。

うん、そこはある程度だから。

ー楽しみ方が違うだけで、あれはあれで楽しいですけどね(笑)

勿論、勿論。そういう人達はね。でもそれは、キャンプじゃん。オレらはそのキャンプにBGMつけたいんだよ。キャンプに生演奏がついてる部分でいうと、今ぐらいの形がけっこう理想的になってくるのかなと思う。

ー朝、みんなで体操とかして…

あのゆるさは堪らないよね。しかも、みんな夜中まで起きてたりすっからさ。意外に飲みつぶれてるヤツとかもいるし。

ーそうですね(笑)元々、こういった構想を描かれていたんですか?

あれ、1番初めにやりたいって言ったのオレじゃないんだよね。こういうフェスをやってみたいって言うスタッフがいて。それで、こういうことやるんだったら、「こうしよう」「ああしよう」って言ったのはオレなのね。基本的にフェスっていう名の「ルールがんじがらめ」をつけずに、来る人達の自主性でマナーが守られるっていう。だからルールじゃなくてマナーを守れば、本当は別に何も大変なことなんか起こるわけないじゃない?けど、みんなルールばっかり主張したり、自分の権利ばっかり主張したりするから、「前の人の髪の毛が目に入った。縛れ。」とかね…

ーモッシュもダイブもそうでしょうし。

モッシュとダイブを禁止するフェス…あるね(笑)でもさ、元々その手の音楽を知らないヤツらが見るっておかしい話であって。知らねぇのに場所取りしてたの?とかさ。

ー(笑)いますね…

力もねぇのに、押されたら倒れてしまうようなヤツが前に来る必要ないわけであって。でも「NEW ACOUSTIC CAMP」に関しては、そういう音楽じゃないから。もうちょっとゆっくり楽しめるっつうか。「家族でも楽しめる」とかだから。そこはすごい話したんだよね。

ー来場される方のモラルによって成立させるというのは、もしかしたらフェス云々以前に、そもそも自然の中で当たり前ですもんね。

そう、そもそもだから。本当はできれば1日券なんか出したくない。何故なら、やっぱキャンプをやるっていうハードルをしっかり越えてくる人達が来ることによって、マナーが保たれる。勿論、あまりにもハメ外し過ぎるのも良くないと思ってるし、キャンプはキャンプで、いろいろ問題があるっていうのも分かってるよ。けれども、なんとか「これやったら退場して下さい」っていう文を書かせないで済むようなフェスになったらいいなとは思っていて。

ーあぁ…運営側としたら嫌な話かもしれないですが、その為には人数を制限という選択も出てくるかもしれないですね。

オレもね、あそこでやってる分、限界はあると思う。例えば、何万人でも出来ますみたいなものではないと思ってるし、そんな欲張り方はしてないんだよね。だから出来るだけ、そういう人達が来てくれていいし、そうじゃない人は、来ないで下さいっていう。ただただ自分勝手に来て「楽しませろ!」とか言うヤツは、もうはじめから来ないで欲しいし、帰って欲しい。来てもオレが帰すしね(笑)

ーそれこそ是非、「BRAHMAN」のライブ来て下さいっていう(笑)

そんな奴BRAHMANでも嫌だけど(笑)まあライブハウスとは違うからね。

ーこれまで続けられて、TOSHI-LOWさんが思い描いてた通りに近づいていらしゃるのでしょうか?

いやいや大変だよ、っつうかまず認知。今でも認知してもらってるかどうかわかんないけど、全く知名度のないものから作んなきゃいけないし、例えばセキュリティ云々とか、「責任問題とかどうすんだ?」っていうことに関しても、ちゃんと折り合いつけていく。「来る人、ひとりひとりが責任持って下さい」っていう風に言い切る為に、自分達もどうしていくかっていう。でね、当たり前だけどこれを言ったことによって、わざと邪魔してくるようなヤツもいるだろうし、いろんなヤツが出てくるだろうから。そしたら来年はね、オレ1人の警備じゃなくて(笑)自衛団を増やさなきゃいけないかなぁとか思ったり。そうなってくるとやっぱり、大きなフェスに出来ないんだよね。でも、もし仲間になれるんだったらケチ臭えことは言わねぇよ、たくさん来て欲しい。但し、あれに関しては自分達の自主性を大事にそこに持ってこれる人・自主的に楽しむっていうことができる人達じゃないと。
そして身を守ったり、自分のことは自分で出来るっていう人達だけ来て欲しいな。あの2日間は本当夢みたいだもん、楽しいもん。

ーそうですね、自然と隣でキャンプしてる人にバーベキューで「お肉食べなよ」みたいにシェアしたり。

なるよね。

ー例えばFUJI ROCKでは…とは言わないですけど、あの雰囲気の中でゆったりした時間の流れがある空間は、なかなか他のフェスでは得られないですよね。鳴ってる音楽がゆったりだから云々ではなくて。勿論、雰囲気に合っているアーティストの方々、雰囲気に合った楽曲があるんですけど。

そうだよね、なんかアーティストは誰でもいいよとか思うもん(笑)いや、それでいいのよ。ただ、こん中でこの人見られたらすごい最高だなっていうアーティストが何組か、来る人達の間であればいいなとは思ってるけど。それがさ、「今、東京ドームを埋められます」「埼玉スーパーアリーナでやれます」みたいな人達をいっぱい頑張って呼ぼうとかじゃなくていいから。でも、そういう人達がパッとアコースティックでやってくれるかも知れないしね。そういう面白さもあるよね。

ーそれは期待してます(笑)最初はアーティスト軸かもしれないですけど、2回目以降はあの時間を味わいたくてになりますよね?

リピーターがすげぇ多くて。

ーっていうところが「NEW ACOUSTIC CAMP」の素晴らしさだと思います。

でもさ、それを作ってるのはオレじゃないんだよね。みんななんだよね。リピーターさん達で、オレに「ありがとう」とか言ってくれる人がたまにいるけど、いやいや全然違うからね。あなたに「ありがとう」だから。その1人なんだよっていうこと。みんながそれを思えるようにやれば、何も2mの黒人のセキュリティーとかいらねぇし。

ー(笑)そうですね。

「show me pass!」とかそんなのさ、いらねぇって思うわけ。そうすれば小競り合いも少ないだろうし、さっきの「肉食え」ってことになれば、隣がちょっと騒いでることとかも許せるだろうし。
その騒いでる人達も、ちょっと静かにしようかなって思うことも出来る。それって平和の始まりじゃん?一生そこに住まなくちゃいけなくなったら、そりゃ揉めことも起こるだろうけど(笑)たったの2日間…まあ、1日半だよね、色んなことを自分達がちょっと気を配って、持ち帰ればさ。また実生活に戻った時に、例えばマンションで上の人が「ドンドンドン」って歩いてるのもさ、下がつつき返すみたいなの、しなくなるんじゃねぇかなと思うんだよ。「あ、上も子供がいるからしょうがねぇかな」とかさ。そうなるといいなと思う。

ーモラル意識の高いフェスティバル、簡単ではないですけど先程おっしゃっていた「作るのはあなた」ということに通じるんですよね。

あれは来てる人みんなのフェスだよね。キレイごとっつうか、そういう風に言うフェスのオーガナイザーみたいな人いるけど「でもがんじがらめじゃないですか?」って思うの。「ここ、こうして、こうして…」みたいな。全部ね、ちょっとはみ出たら怒られたり、誘導の人達がいっぱいいたりさ。

ーまた彼らも文句を言われて…

そう、もうみんなから働かされてさ。

ーそれがないっていうこと自体が結構新鮮だったんですよね。

だから逆に言えば毎回不備もあるんだと思う。不備っつうかさ…ちょっとトイレが少なかったなとかさ。でも、それもやってみなきゃわかんないし。「こんぐらい入れたから、こうなったんだな」っていうことも今も試し試しだから。そういうのもあって大きくできるもんじゃないかなとも思ってるけど、ただ「身内だけの秘密のキャンプです!」とかもやだし。楽しさって分け与えたいじゃん。やっぱ彼女と2人でね。でも、もう一組のカップルと行ったらさ、多分倍楽しい…倍っつうか4倍楽しい?みたいな。

ーですね、さらに隣の知らない人とも交流が生まれる場所ですから。トイレのお話が先程ありましたが、友達の子供なんですけど、「子供だから」っていうことでオーガニックでさせがちですけど、それは良くないとちゃんと並ばせて行った話を聞きました。

あら!意識が高いですね、素晴らしい。

ーっていうのをさせてくれる場所なんんだなと。本来、カッコ悪いですけどね、ちょっと悪ぶって人と外れたことやモラルに反することは。昔、僕はそういうのを調子に乗ってしまい、人と違うからカッコ良いと勘違いしてやっちゃったんですけど、「NEW ACOUSTIC CAMP」では特に皆無だなと。

そんなんオレなんかもう何万てあるよ(笑)マジで。叩けば多分…叩かなくたって出てくるもん。ゴロゴロゴロゴロ…

ー(笑)載せられない気がします。

ーTOSHI-LOWさんが今を懸命に生きた暁に目指していること、若しくは得たいものはあるのでしょうか?または全くそうではなく、仮に明日で終わったとしても、悔いはないとなるのでしょうか?

うーん…今日こういう風に自分の話ばっかしてさ。「どんだけ自己中心に話してんだよ、オマエ」って話をずーっと聞いてもらって幸せだと思ってるよ。飲み屋でこんなことやったら嫌われるよね?
「なんだこいつ、自分の話ばっかしやがって」って(笑)それをさ、してもらえるんだから幸せだよね。でもね、これとオレが思ってる満足は全然違う話だと思ってるんだよ。だからこれを話したからって、スッとすんのか?っつったらむしろモヤモヤがたくさんあるし。今日話せば話すほど自己嫌悪になるし。やっぱ自分の内臓をひっくり返して話してるみたいなところもあるから。そうすっと「また、オレってこんなもんか…」って思う部分もある。でも「生きてく証」っていうのは、そういうことなんじゃないかなと思う。「成功すること」「幸せになること」「認められること」だけじゃないし。ほら、バンドなんかアルバム出す度に嫌われたり、好かれたりするじゃん。全部受け止めるしかないんだよね。チヤホヤしてくれる人だって、次の瞬間に手のひら返してそうじゃなくなるのをたくさん見てきたし。でもオレが思ってる表現の行き先っつうのは、そんなものと全く違うとこなんだと思う。それも自分自身の問題だと思うし、だから未だに、練習してるんだと思う。クズみてぇな進み方しかできねぇけど、それでも辞めないと思うし、1歩1歩進んで試していくしかないんだよね。泥沼に入ってしまっても、「あ、泥沼に入ったな」っていうことを確認してもがきながら、苦しんでいくしかない。

ーそれは例えば”勝ち負け”なんてチープなことではなく、どういった状況でも今、この瞬間を確かめて生きることであると。

だって勝ち負けなんかさ、勝ったら負けるよ。勝った人はまた…

ーなるほど、勝ち続けることはない。

ないよ。どう考えたってずっと晴れの日は続かないでしょ?どんな偉大なチャンピオンだって、負けるその日は訪れる…だから「負けない心」だよね。勝ち負けに左右されるではなく、元々の負けない心。って言っているオレが1番左右されてたりすんのよ、意外に(笑)こんなに言ってんだよ?こんなに言ってんのに、褒められりゃ…さっきの話だけど、褒められりゃ図に乗るし、けなされりゃ落ち込むし。そんなとこ気にしててもしょうがねぇって分かってる。でもね、やっぱり心が揺れたりすることもある。勿論、跳ね除けることもある。時には善人ぶってさ、支援活動してるときもあれば、本当は悪人のクソみてえなヤツなのに、作り笑顔してしまうときもあるしね。自分でも心底嫌になってしまうけど、何にもねぇところからたまたまオレ達は生まれて来て、また何にもないところに戻るわけでしょ?ってことは、別に失うものなんて始めから何もねぇってことだし。人からの評価や金や財産とか、何も持ってくことは出来ないわけだから、最終的にはこの瞬間を確かめて生きるっていうことだけが、その先に繋がるんじゃないかな。

ー先を求める前に、今を生きないことには何もないっていうところに帰結していくんでしょうね。

うん、今日がなかったら明日はないからね。

ー”NO FUTURE”ですね。

うん、だからオレはその考え方がすごい好きなんだ。ずっとそれが刹那的だと思ってたんだけど、今はそうじゃねぇんだなと思って。”NO FUTURE”って本気で言う為には、今日すげぇ頑張らないとダメなんだなってことが、大人になって分かってきた。子供の時に言ってたその”NO FUTURE”は「関係ねぇよ!」みたいな、ただの発散で「オレは早死にするんだ!」と思い込んでたから。あ、さっき神社で写真撮ってたら、オレの年が前厄って書いてあったけどさ(笑)

ー(笑)

そんな年まで生きてしまったわけだよ。”NO FUTURE”って言ってたときの倍以上生きてしまったよ。けど、その”NO FUTURE”の言葉の響きは、今でもオレの中では新鮮だし、素敵な言葉だよね。

ー反骨精神での”NO FUTURE”から、今を生き抜くからこその”NO FUTURE”なんだと。

やっぱどこまで行ってもパンクスなんだもん。ただ、自分に正直でいる為、自分にワガママに生きる為には、努力が必要な年になったんだよね。それが責任というのか…でも責任取れてねぇところなんて今でもいくらでもあるし、自分は何もできてねぇなって感じるところもいっぱいあるしね。「まだまだだな」と思うことばっかり。で、それをまた忘れてヘマすることもあって、なかなか成長しないよね。つくづくバカなんだろうね。

ーどれだけ一生懸命に生きたとしても、「良いとき」「悪いとき」があり、結果は別であることを理解されているから、今の話に紐づくんだと思います。

だっていいことやってたから幸せになるとか、長生きするとは限らないじゃん。だったらあの震災起きないよね。だから、人生はこんなに不条理であるっていうことを、真っ直ぐ受け止めなきゃいけない。そして、自分もなんて矛盾してるんだろうっていうことの、その矛盾自体を真っ直ぐ受け止めなきゃいけないっていう。今、ギリギリ言ってるけど、言葉にしたら分かんないことだってある。「不条理受け止めるってどういうことよ?」「矛盾受け止めるってどういうことよ?」って。でも、人生はそういうものだから。正しさって言った瞬間にもう悪さが出てしまうし、善て言ったら悪も出てくるし。そんなに二極化したものなんかほとんど無くてグレーゾーンだらけでもあるし。

ーそれらには共通して、強さがないと受け止めるのはすごく難しいはずです。TOSHI-LOWさんはそこの強さ持っていらっしゃる人だから、真っ直ぐ受け止められているのだと思います。そうでない人がうまく避けるのか、楽な方向に行くのかなと。

楽な方に、生きてる実感があればいいんだよ。そしたらオレもそっちに進むと思うし。ただオレの生きてきた短い経験上では1回もないよ。例えば楽して手に入れて良かったもの、たまたま運が良くて手に入ったもので大事にしてるものとか。苦労して、泣く思いしてなんとか手にしたものが、今でも残っているものだし。何度も何度も「辞めよう」って思いながら、才能もねぇのに苦しんで苦しんで生み出した歌が、今オレ自身を助けてくれる。だから、楽に生きてやっていけると思ってる人の方が強いと思ってる。

ーあぁ、逆に。

ただ、その楽な道行っても、必ずどっかでつまづくから。これはオレ自身だけだけど、そん時に起き上がれなくなんのは怖いから。何があってもっていう準備をしとかねぇと。

ーだからこそ、話が戻るんですけど今を大切にしない限りはないわけですよね。

そうね、今を生ききる。死に切りたいっつうか。

ー全うするということ?

そうだね。だから楽に生きていない、こういうタイプの人間がこうやって取材を受けるわけでしょ?
だって普通の楽な道を行く人達が、雑誌とかのインタビュー受ける側にはならんじゃん。

ーあぁ、多分そういう人達だとつまらないと思うんですよ。

そう、つまんないんだよ。だって、生きてる実感ないもん。

ーどっちかに振り切れていた方が、お話してて楽しいです。

だって裏社会の人だって話したらおもしれぇよ?

ー(笑)すいません、まだそこは経験ないです…

ヤクザと政治家って元々一緒だし、わかるじゃんそんなの。全ての表のものっつうのは裏も表もどっちも持ってるから面白いんだよね。それは危険なものも含めてね。三陸の海が魚の宝庫だって津波は来る。だからああやって町が出来たわけだし。じゃなかったらもうちょっと平坦なところ…山でもね、地崩れはあるし山津波があるけども、やっぱり生き方が違うじゃん。1年に1回だけ収穫できる、農民的な生き方と、獲れたときにはものすげえ金がね…マグロが○億売れるみたいな漁師の生き方って違うと思うし。ちゃんと住んでる地域毎に意味があるんだよ。だけど、日本はだんだん平坦化しててさ、どこにでも同じ店があって、同じテレビやってて。結果、同じ風になってきちゃったから、結局つまんなくなってきてる。これから「グローバル化だ」なんて言ってたら…やめてよ、せっかくこんなアジアの端っこにちょん切れてある国の面白さ無くなっちゃうじゃん?と。

ーそうですね。世の中を面白くする人や事柄には、先程のTOSHI-LOWさんの言葉の通り「真剣に今を生きること」が必要で、そうなると「平坦」や「楽」の真逆の道になる。

うん、そうそうそう。

ーインタビューをさせて頂いて、TOSHI-LOWさんがまさにですし、これまでさせて頂いた方々もそうだと感じました。

だってお前が選んでる人達、みんなすったもんだした人達ばっかりじゃん(笑)そのままストレートに”スコーン”といった人少ないよね。まあ佐藤タイジはそのすったもんだの方に気付いてないだけの話だし(笑)

ー(笑)振り切れてるかもしれないですね…

「オレはそんなこと言ってないよー」って、多分それを見えてないだけっていう(笑)

ーTOSHI-LOWさんは理解されてますよ(笑)

今日を生き切ったら、オレにもまたたくさんの「すったもんだ」が来るんだろうね(笑)


取材:2014.01.22
撮影:Eri Shibata
インタビュー・テキスト:Atsushi Tsuji(辻 敦志) @classic0330