アット・ザ・ゲイツのフロントマンであるトーマス・リンドバーグが亡くなった。享年52歳だった。
訃報は元オーペスのヴォーカリストであるダヴィッド・イズベルグによって発表されている。ダヴィッド・イズベルグはトーマス・リンドバーグの一連の写真と共に「It is cold out here/ And lonely is my journey/ I walk the trail of broken souls/ The darkest path through infinity(ここは寒く、一人の旅路だ。傷ついた魂の道を歩む。漆黒の道を果てしなく)」という歌詞を引用している。
アーチ・エネミーのギタリストであるマイケル・アモットも亡くなったことを明らかにしている。アーチ・エネミーのドラマーであるダニエル・アーランドソンはアット・ザ・ゲイツのエイドリアン・アーランドソンと兄弟であるため、両バンドは近い関係性にあった。
「最初に彼と会ったのは彼が15歳、自分が18歳の時だった。完全にアンダーグラウンドの音楽にのめり込んでいた二人のキッズだった」とマイケル・アモットは述べている。「人生は別々の道を歩んでいたけれど、時折、私たちは一緒になることになった。2019年に一緒にツアーを回ってもう一度仲良くなれたことは特別だった。今日、スウェーデンのデス・メタル・シーンは伝説的な人物の一人を亡くしたんだ」
トーマス・リンドバーグは2023年12月に腺様嚢胞ガン(※口腔内や口蓋のガン)と診断されていたが、今年までそれを公にはしていなかった。先月、病状が悪化して、「24時間体制で綿密な測定が行われている」ことが明らかになっていた。
トーマス・リンドバーグは今年3月に声明を執筆しており、8月に公表されている。声明では2025年が健康問題のために「非常につらい1年」となっているとされ、「ガンの進行を抑えるために化学療法を受ける」ことが明かされていた。
トーマス・リンドバーグは前のバンドであるグロテスクの解散後、1990年にヨーテボリでギタリストのアルフ・スヴェンソンと共にアット・ザ・ゲイツを結成している。1991年にデビューEP『ガーデンズ・オブ・グリーフ』をリリースしており、翌年にはデビュー・アルバム『ザ・レッド・イン・ザ・スカイ・イズ・アワーズ』をリリースしている。
1993年にはセカンド・アルバム『ウィズ・フィアー・アイ・キス・ザ・バーニング・ダークネス』がリリースされ、同年にギタリストのアルフ・スヴェンソンはマーティン・ラーソンに代わっている。このラインナップで1994年に『ターミナル・スピリット・ディシーズ』、1995年に『スローター・オブ・ザ・ソウル』がリリースされた後、1996年にバンドは解散している。
その後、トーマス・リンドバーグはディスフィアー、スキットシステム、ロック・アップといったグループで活動した後、2007年にアット・ザ・ゲイツを再結成して、3枚のアルバムをリリースしている。報道によれば、亡くなる前に新たなアルバムのヴォーカル・レコーディングを完了させていたという。
音楽以外ではトーマス・リンドバーグは英語圏の学生に社会科を教えており、2014年のインタヴューでは、生徒たちは自分のバンドのファンではないと冗談を口にしている。「彼らはヘヴィ・メタルが好きじゃなくてね。だけど、僕のやっていることは知っているよ」
「フェイスブックのいいね数やYouTubeの再生回数は見ているみたいだね。僕の学生は約80%がイスラム系の移民で、ヘヴィ・メタルには興味がないけど、クールだと思ってくれているよ」






























