BOMI インタビューvol.23

1年7ヶ月ぶりに2ndアルバム『BORN IN THE U.S.A.』をリリースするBŌMI。シングルライクな楽曲たちは、これまでの彼女が充分に詰め込まれた作品となっていて、それは新たな始まりを告げる作品と言っても過言ではない。
リリースに際し、これまでのBŌMIさんの軌跡を全4回に渡りお送りします。

 

BŌMIさんの音楽を中心とした歴史について伺おうと思うんですが、元々生活においてどういった位置づけだったんでしょう?

BŌMI:子供の頃、3歳くらいのときなんですけど、しゃもじを持って歌ってたらしいですよ。家にジャバラのカーテンがあったから、それを舞台に見立てて(笑)多分、人前に出ることが好きだったんでしょうね。私はしつけの厳しい家に育ったので、NHKで流れる音楽とか童謡、あと演歌とかね、そういうのしか聴いてなかったんです。

歌うことは好きだった?

BŌMI:好きでしたし、褒められたかったんだと思います。歌ってると「わーっ」ってみんな褒めてくれたから(笑)

演歌だと、家族の人が聴いていたのを覚えていったの?

BŌMI:お母さんが美空ひばりさんが好きだったから、今でも覚えてますね。あと、「およげ!たいやきくん」はよく歌ってました。

渋いですね(笑)

BŌMI:そう!そのあと、SPEEDとか聴きましたけどね(笑)今もそうですけど、私は”音楽=自分の姿勢”だと思っていて、その観点で衝撃を受けたのが18歳のときに出会ったNeil Youngでしたね。

渋さ度合いで言うと、さっきと良い意味で変わらないけど(笑)きっかけは?

BŌMI:それまでって、音楽の基準は”テレビの中で笑いながら歌ってる人たち”だったんです。そこまでロックを通ってなかったからも知れないですけど、自分のペースで表現する姿はホントびっくりでしたね。その初めて観たNeil Youngは、ギターが15本くらい彼の後ろに並んでいるだけのステージで、MCも一切なく、1人で演奏していてお客さんに媚びてなかったんです。

ー私は何なんだろう?って矢印が向くようになった

今まで観てきた”エンターテイメント性”の逆ですよね。

BŌMI:真逆だし、エンタメ感のなさ(笑)だからといって、フォーク・ロックをやるということではなくて、私はもっと雑多な人間だから、1つのジャンルで云々ではないし、興味も移り変わっていくけど、その姿勢に共感しました。

歌詞や楽曲の要素も然りだけど、パフォーマンスも含めたアーティストの姿勢が重要だったんだろうね。

BŌMI:Björkとかもそう。ちょうどその頃来日していて、独特の踊りをしてたんですけど、”ちゃんと上手に踊らなきゃいけない”じゃないんだなって。本当に高ぶっていないと、パフォーマンスって呼べないなって。そうやって表現をする上で当たり前のことを、1つ1つ気づいていった感じですね。

表現者に共感をしていく中で、BŌMIさん自身はすぐに行動できたのかな?

BŌMI:もちろん、その2人にはなれないけど(笑)それは彼や彼女でしかないっていう強みだし、そこに共感をしたから。まず、「私は何なんだろう?」って矢印が向くようになりましたね。

すぐに「どう表現していくか?」というより、まず自分に向き合うことがあったと。

BŌMI:うん、考えましたね。みんなと同じように中学・高校・大学に行って、なんとなく周りと合わせて生きていたら、「みんなと同じことしか考えられないんじゃないか?」っていう怖さがあったんです。

アイデンティティがなくなっちゃうみたいな?

BŌMI:私は合わせるのが上手だから(笑)で、そう考えてるタイミングで音楽を始めて、ライブハウスに出たりしてたので大学を辞めました。

大学での生活と歌を歌う生活って、当時は別のベクトルだと思うんだけど、歌だけにしたかったから?

BŌMI:そうです。歌だけにしたかったし、今思えばそんなことないんですけど、自分をそこに追い込まないとその道が開けないっていう恐怖が強かったんです。割と器用なことが、返って流されて行きやすいって思ったし。特に高校・大学時代は”自分なんだけど自分じゃない”って感覚があったから。

合わせてた自分や流されていく自分は、器用だからこそ生きていけたけど、自分で認めたくはなかったんだろうね。

BŌMI:だから自分に向き合ってからは、すごく楽になって。自分を出して”他人に嫌われてもいい”って思えたとき、すごく気が晴れましたね。今でも、「好かれたい」って思うときと「嫌われてもいい」って思うことを繰り返しちゃうんですけど、自分を出してるときの方が楽ですね。

それってある意味人間らしいし、そういう想いって作品でも交差すると思うんですよね。

BŌMI:うん。昔から期待に応えようとする癖がありましたね。私の作品にも関わってくることですけど、求められてることに対して、いつもそこに近づきたいって気持ちが強いんです。

ー毎日何かを表現していないと落ち込んじゃう

実際に歌うことに集中できる環境になってからはどうなったの?

BŌMI:何も決めてなくて(笑)それまでずっと学校に行ってた時間が空いて、「うわー、どうやって使っていいかわかんない!」って(笑)

歌う時間が欲しかったのにね(笑)

BŌMI:1ヶ月くらいソワソワしてた(笑)それで少し落ち込んじゃったんですけど、朝10時に起きて夕方16時までテレビ観ちゃってた。

何観てたの?

BŌMI:連ドラの再放送を連続で観てました。それを1ヶ月続けてたら、さすがに「ヤバイ!」って気づいて、iMacを買って1日1曲打ち込みで作ったり、キーボードの練習したりするようになりましたね。

それは歌いたいことを表現する術として、作曲に繋がったの?例えば曲を作って貰う術もあると思うんですよね。

BŌMI:貰えるならそうしたかったですけど、そのときは毎日何かを表現していないと落ち込んじゃうから。「あ、今日何も生み出してない」って。でもいい曲は出来なかった(笑)

(笑)とはいえ、連ドラの時間じゃなく想像する時間に充てられたのは大きかったんだよね?

BŌMI:連ドラは見たままです(笑)見終わってから朝まで作ってたから。でも、今それをやることは出来ないくらいの深度で、音楽に向き合う切実さがあったと思いますね。

すごいストイックな生活だよね。それはどのくらい続いたの?

BŌMI:あれは”魔”の家だったので10ヶ月くらいですね。

魔”の家ってどういうこと?

BŌMI:ノイローゼになりそうなくらい、隣の部屋の音がすっごい聞こえてたんです。だから8畳のお部屋だったんですけど、2畳の防音室を入れたら真っ暗になっちゃって。泣いちゃったりもしたし、思春期特有の感情でしたね。

それはよく10ヶ月もったよね。しかもライブ活動を続けながらでしょ?

BŌMI:ずっと続けてました。ただ、良いときはお客さんもすっごい集まるんですけど、次の展開がなかったからすぐに散っていくんですよね。

その次の展開が「Gyao!Gyappy!!Gyapping!!!」に繋がっていく?

BŌMI:それが”BŌMI”として、世の中に出たタイミングですね。

1年7ヶ月ぶりに2ndアルバム『BORN IN THE U.S.A.』をリリースするBŌMI。シングルライクな楽曲たちは、これまでの彼女が充分に詰め込まれた作品となっていて、それは新たな始まりを告げる作品と言っても過言ではない。リリースに際し、これまでのBŌMIさんの軌跡を全4回に渡りお送りします。
PART.2は「Gyao!Gyappy!!Gyapping!!!」〜「メニー・ア・マール」まで。

 

「Gyao!Gyappy!!Gyapping!!!」は、これまで好きだったものが反映されたの?

BŌMI:いや、それまでのものを全部捨てました。一緒に作ってる人と出会ったときに、知ってることで表現するんじゃなくて、知らないことで表現してみようって。当時の私と真逆にいる人とやるのが、おもしろいと思ったから。

それがエレクトロで、どこかサイケの要素もあって、ロックの匂いもするっていう。

BŌMI:インディー・ロックやインディー・ポップと呼ばれるものが、まだ日本で持てはやさせる時代ではなかったけど、感覚的にカッコイイって思ったし、私の良いところは声だと思ってるから、それと化学反応が起こせる幅広い楽曲が揃いました。

リリックもポップですよね。

BŌMI:そうですね。私はどっちかにしか出来なくて、振り切っちゃうんです。このときはトコトン言葉遊びに徹してましたね。根が真面目だから、それを出さないことに必死だったかも(笑)

素と乖離しても良い?

BŌMI:うん。ライブのときなんて、テキーラをショットで飲んでからライブしてました(笑)

(笑)「OH MY POOKY!!!」はその延長線上にある作品と考えて良いんですか?

BŌMI:「Gyao!Gyappy!!Gyapping!!!」はお試し感があったから、もっと可愛くてポップで、ちょっと変わったものを作りたいって視点で生まれたものです。

ー今が良くなかったら、次なんてないじゃん!

実際にサウンドとしても、まとまりがありますよね。

BŌMI:過去の作品で言えば、「OH MY POOKY!!!」が1番好きなアルバムですね。「iYo-Yo」はメジャーデビューの1曲にしたいと言われてたんですけど、私があまりにも人間不信過ぎて、「曲を取っておくなんて出来ない!」って言って収録したんです。「今が良くなかったら、次なんてないじゃん!」って。

ある意味、正しい気がするけど(笑)納得したものを作品として出したい、その裏返しだったんでしょうね。リリース毎に作られるPVも、表現する1つの術として完成度が高いですよね。

BŌMI:私、調子に乗ると良い感じになるというか(笑)「マネキンと踊って」って言われて、最初は「えっ!」ってなるけど、2,3回やると乗れるし、楽しくなりますね。

そして、「キーゼルバッファ」でメジャー・デビューとなるけど、意識の中で変化はあったのかな?

BŌMI:まず、気持ちは浮つきますよね。何かが大きく変わるかもしれないって思うし。あとは関わる人が一気に増えたので、どう密にコミュニケーションすれば良いかっていう、難しさがありましたね。

「OH MY POOKY!!!」のときは人間不信だったけど、そこは必然的に解消しないといけないよね。

BŌMI:少人数の方が、身の丈に合ってるというのが実際のところなんですけど、私の為に多くの人が動いてくれているということが、まずありがたかったですね。だから、舵取りをどうすべきかっていうところで悩んでいたかも知れないですね。

自分の意識よりも、環境の変化の方が大きかったんですね。楽曲についても触れたいんですけど、リードの「キューティクル・ガール」は?

BŌMI:自分の中にいる、自分を応援してくれる人がいいなと思って作ったんです。だからPVも、ユルヒーローみたいなイメージで作りました。

「Someday」は唯一のバラードで、これまでにないアプローチでしたよね?

BŌMI:私は根がアッパーじゃないから、少しづつその要素を入れたくなったタイミングなんです。「オオカミと少女」もイノセントな感じの曲ですけど、ポツンとある淋しさの先にある暖かさを表現したくて。

盛り上がる曲は好きだけど、そうじゃない要素も自分にはあることを表現したんですね。

BŌMI:変な話、それまでの曲って歌が上手く聴こえたらダメだなって思ってたんです。実際、歌を聴かせるというより、音楽を聴かせるような曲だったし。でも、ちゃんと歌いたいって思ったのが「Someday」になったんです。

ー想像力を失ったら、この世界は超つまらない

そう伺うと、「メニー・ア・マール」は初のフル・アルバムとなりますが、より自然な作品だと言えますよね?

BŌMI:楽曲自体はギターロックが軸になってます。その時点での名刺代わりになったらって想いもあったし、「想像力を失ったら、この世界は超つまらないな」って思ってて、コンセプトとしてそれを想起させる作品にしたくて作りましたね。

名刺代わりにする上で、コンセプトに合致する楽曲を厳選していった?

BŌMI:ミニ・アルバムから2曲づつと、新録が6曲っていう組み立てだったから、半分の楽曲が決まっていたことで、全体像が見えやすかったんです。アルバム通して聴くときに、そこに必要な楽曲を足していく作業だったから、イメージもしやすかったし。

実際の楽曲を聴くと、色んな表情の声もあって、これは楽曲にインスパイアされて辿り着いたんですか?

BŌMI:私の声は特徴的だから、どうしても自分節は出ちゃうんです。その中でも、可愛らしく歌う曲やノリのまま歌い上げる曲がありますね。今までって、最後まで幸せな曲ってなかったんですけど、「薄目のプリンセス」は、最後まで幸せな曲なんですね。それを可愛く歌い過ぎて、後に「私はこれでいいのか?」って気持ちになりました(笑)

(笑)恋する歌だからいいじゃないですか?

BŌMI:でも、さすがに今はここまで歌えない(笑)

1年7ヶ月ぶりに2ndアルバム『BORN IN THE U.S.A.』をリリースするBŌMI。シングルライクな楽曲たちは、これまでの彼女が充分に詰め込まれた作品となっていて、それは新たな始まりを告げる作品と言っても過言ではない。リリースに際し、これまでのBŌMIさんの軌跡を全4回に渡りお送りします。
PART.3は「ビューティフォーEP」〜「さよならミゼラブル」まで。

 

「ビューティフォーEP」は、全体的にリリックがポジティブな印象を持ったんですけど?

BŌMI:実は気持ちとして逆なんです。「メニー・ア・マール」を出したときに、すごく良いアルバムが出来たと思ってたし、私史上すごくポップなものだったんですけど、そこまで結果が出なかったんです。だから「ビューティフォーEP」は、もっとポップなものを作りたいって気持ちがあって、かなりギリギリだったと思います。

リード曲の「ビューティフォー」は、それこそ自分自身を歌っている?

BŌMI:「ビューティフォーな私〜ワンダフォーに踊れ」っていう歌詞だけみると、超前向きに見られますけど、心理的に真逆でそう思わないとやってられない気持ちでしたね。

だとしたら、その自分の気持ちを押し殺してまでも、ポップにしなければいけなかった理由って、何があるんだろう?

BŌMI:ギリギリだった部分のことなんですけど、もっとキャッチーでポップなものを作って、これでもし状況が変わらなかったら、やり方を変えるしかないって思ってたから。誰が聴いても分かりやすく、意味が伝わるものにした理由も、そこにあると思います。

それが正しく「ビューティフォー」に綴られていますよね。「CARNIVAL」は、結構色濃く人生観が描写されてる気がしますけど。

BŌMI:エモいですよね(笑)ミニ・アルバムの中に、そのときの自分に1番近い楽曲を入れたいっていう気持ちになってましたね。「Someday」を書いたときも一緒です。「CARNIVAL」を書いたときは、「私はこの先、どこへ行くんだろう?」って。

1番近い分、素直な描写がされている楽曲ですよね。

BŌMI:よく「思い描いたところに行ける」とかあるじゃないですか?でもそれって、半分正解で半分嘘っぽいって思ってて。人生っていうスパンで見たときに “これが悪・これが善”という内容が無さ過ぎて、戸惑ったんですよね。そういうときに、それでも生きてるから生きていかなきゃいけないっていうね。楽しい瞬間ももちろんあるけど、生きてることって不条理なことの方が多いなって思って。

ー始めたときの気持ちまで見失いそうになって

ミニ・アルバムとはいえ、結構出し尽くしたわけだ?

BŌMI:私としては、燃料を燃やし尽くす勢いでやりましたね。笑ってるけど、泣いてる様な顔でしか歌ってなかったと思います(笑)

実際、ライブでもそうなってたのかな?

BŌMI:自分を削ってやってましたね。求められていたものと、私自身が乖離し始めていたから、必死で焚き付けてた気がします。

その状態って、いつまでも続かないですよね?

BŌMI:続かないです。すごく疲れちゃってたし、始めたときの気持ちまで見失いそうになってました。だから、1度リセットすることにしたんです。

その時点で、歌うことや表現すること自体には、疲れたわけではないですよね?

BŌMI:うん。私のことなのに、舵を取れてない状況のまま走って、それを恰も「ノリ気でやってます」って出ることに疲れたんです。それで、再スタートが仮に切れなかったとしたら、それは私の才能の限界だったんだって。

潔い判断ですよね。

BŌMI:私、基本的に決断することは何でも潔いんです(笑)それが去年の今くらいかな。

 

(笑)リセットする前の「Party night で Hold me tight♡」は、振り絞りだったの?これはカッコイイ楽曲だけど?

BŌMI:こういう曲をバンバン作れたらカッコイイんだけど、配信リリースということもあって、好きにやれた結果だと思いますね。ただ、レコーディング自体は「ビューティフォーEP」と同時期だったんで、リリースがたまたま後ろになっただけですね。

なるほど。このリリースを最後にリセット、そしてリスタートに繋がっていきますけど、「さよならミゼラブル」まで長かったですよね。

BŌMI:そうですね。デビューしてから、リセットすることもリスタートすることも、もちろん始めてなので(笑)表現活動以外でのことを整えていましたね。録音自体は終わっていたので、本当はもっと早いタイミングで出して、次の曲に行きたかったんですけどね。

 

ーゼロになることが怖くて心地よい感じ

ただ、このタイミングでリリースを迎えたのは、ある意味良かったんじゃないかと?

BŌMI:そうだと思います。“今までの私はこうだった”っていうのを認めつつ、”次の私へ”って言う前にこの曲たちをまず、良い形で届けることをしようというのが供養であり、それがコンセプトにあるので。

「さよならミゼラブル」を先行配信にした理由もそこにあると?

BŌMI:ちょうどリセットしたタイミングが去年の今頃くらいで、そのときに書いた曲なんですけど、失うもののない強さっていうか、ゼロになることが怖くて心地よい感じが、今回の一連のリリースの布石になると思いました。

オルガンやシンセ、グロッケンをフィーチャーしたトラックで、すごく切ない歌なんだけど、まったくネガティブなイメージが浮かばないのは、自分自身でも感じていたことなのかな?

BŌMI:そうですね。お別れすることがテーマにはなってますけど、その別れは自然ではなくて自分が選んだ別れだから。もちろん別れには変わりないから…

悲しいことは悲しいよね。

BŌMI:うん、悲しい。「こうなる為にここにはいられない」っていう瞬間が、みんなにもあると思うんですけど、それを曲にしたかったのが「さよならミゼラブル」になりました。

1年7ヶ月ぶりに2ndアルバム『BORN IN THE U.S.A.』をリリースするBŌMI。シングルライクな楽曲たちは、これまでの彼女が充分に詰め込まれた作品となっていて、それは新たな始まりを告げる作品と言っても過言ではない。リリースに際し、これまでのBŌMIさんの軌跡を全4回に渡りお送りします。
PART.4は「BORN IN THE U.S.A.」について。

今回のアルバム「BORN IN THE U.S.A.」についてですけど、実際にアメリカで生まれたこともそうだし、タイトルにした理由を教えて欲しいです。

BŌMI:コンセプトがお葬式なんですけど、タイトルに「お葬式」って何か違うし(笑)だから逆ってことですね。ざっくり言うと”BORN IN THE U.S.A.—DIED IN JAPAN”ってことですよ。

なるほどね。Bruce Springsteenじゃなくね(笑)注目したいのがジャケットなんだけど、これまでのジャケットって、どう見たってポップで明るい朝や昼だけど、今回は完全に夜ですよね。でも、それはまた朝を迎える為に、必要な時間でもあるというか。

BŌMI:今回に関しては、曲を作るときは夜に書いてたことが多かったのがあります。あとは”カワイイ”って言われるより、”カッコイイ”って言われるものを作りたい欲求もありました。今まではどうしても前者の位置にいたと思うし、言われればそれに応えないといけないって思ってたところもあります。でも後者の方は、自分のプラスでしかない気がしていて。これは写真家の方がおっしゃってたことですけど、「カッコイイ写真を撮りたいって言ったとしても、顔が整ってて、可愛らしい顔の人は可愛い風に撮られるし、可愛い写真を選んじゃう」って。だから私はそうじゃないものをジャケットにしたかったですね。

可愛いことよりも大切なことを優先したとも言えるよね。

BŌMI:目が大きく写ってるとか(笑)よりも、ちゃんと伝えたいことや表情があるものを選びましたね。

楽曲についても解説いただきたいんですけど、まず「〜Stairway to Heaven〜 」というダイアローグのアイディアは?

BŌMI:スタッフさんと話してたときに「曲の方向がバラバラだよね」って話になって、だったらもっと違う要素を入れてバラバラを1つにまとめる方が面白いよねってなって、「スネークマンショー」を勧められて。実際に聴いたら確かに面白かったんですけど、私流にするにはどうしたらいいか困って(笑)

ー強い楽曲が多いですね

(笑)やったことないですもんね。

BŌMI:そう。で、たまたまラジオ番組を作ってるディレクターが知り合いにいて、自分たちなりにやってみたのが、深夜ラジオみたいなノリになりました(笑)

「天使くん」との話は即興っぽいですよね?

BŌMI:普段の私が出てると思います。一方的に仕掛けてくるのを素直に答えていたらこうなりました(笑)自分でディレクションしてしまったら、主観的になり過ぎるし、面白くないと思ったんです。お任せしてみた結果が酔っ払いぽくて良かったですね。

予測不能のストーリーが、曲間にあることでまとまりも出たし。

BŌMI:良い意味で軽さも出ました。全てが結果論なんですけど、バラバラだった曲たちも意味を成しているようになったし。

曲順とこの曲間のストーリーが見事にハマりましたよね。多分、楽曲自体もシングルライクな曲たちだからだと思うんですけど。

BŌMI:そうなんですよ!「シングルを作ろう」ってモードで制作してましたし。そう考えると、アルバムのバランスって難しいですね。私はアルバムが素晴らしいアーティストが好きなんですけど、そういうアルバムを作るには大事じゃないですか?制作していたタイミングが、「次のリード曲をどうしよう?」って時期だったから、強い楽曲が多いですね。

前作の流れを断ち切るかのような”カッコよさ”を持った楽曲でもありますし。

BŌMI:やっぱり、音楽を表現していくってことと同時に、自分も歳を重ねていくから、そういう変化は必然的だった気がします。

サウンド面についても変化があったのかな?

BŌMI:前のバンドっぽい感じを引き継いで制作に入って、シンセ・ポップがやりたかったから打ち込みも入れたり。あと、La Rouxを良く聴いてたからトラックがカッコ良くて、音数が少なくて、声の抜けが良くてっていうのがヒントにもなったりして、サウンド面は良い意味で、作ったタイミングが違う分、バラバラになりますね。

津野米咲(赤い公園)さんからの楽曲提供や、ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)さんの参加なども新たな取り組みになったでしょうし。

BŌMI:そうですね。普段から仲良い人に参加してもらうっていうのは新鮮でしたね。wtf!?にアレンジを含めお任せしていたのを、もう1度私が舵取りできるように戦って(笑)、2人で出来る最高のパフォーマンスが作品になっていると思います。

イニシアチブを取ったのが大きいですよね。それこそリリースタイミング含めて。

BŌMI:今までと大きな違いが、どこにあるかというとそこだと思います。最近思うんですけど、録ったタイミングがリリースというのは、青い考えだったなって。ただ作品にとって、1番良い形で伝わるのが本望なのだとしたら、今回はそう出来ましたけど、それを中々コントロール出来ない状況でもあるから難しいですけどね。

自分の作品ではあるけれど、ある意味俯瞰的に見れるようにもなったんじゃないかな?

BŌMI:それはあると思います。前だと録って出しての繰り返しだったのが、期間をおいて楽曲のリリースに対してじっくり練れたりもしたし。

ー新しい私を開く

3月にはリリースイベントもありますけど、久しぶりのイベントですよね?

BŌMI:うん、久しぶりです。リリース期間が空いてしまったっていうのは、世の中的にはもう1度ゼロから作り上げるくらいの感覚だと思うので、新たな始まりを迎えるようなイベントにしたいと思いますね。ライブでは、その最高形をみせたいですし、次の展開が予感出来るような演出も盛り込みたいですね。

イベント自体でいえば、自主イベントを何度も開催されてきましたけど、今年も予定されてますか?

BŌMI:1年に1回はやりたいんですけど、イベント自体も多様化しちゃってて、私がオーガナイズする意味が年々薄れて来ているのもあるんですよね(笑)インディー・ポップやインディー・ロックって横の繋がりがあんまりないからやってたけど、盛り上がってきてるから別のところに動機を探さないといけないですね。折角、可愛いステッカーとかロゴを作ったからやりたいですけど(笑)

それは是非、今年の開催を期待しつつ、音楽以外の活動も広げられていくんですか?

BŌMI:そうですね、表現することに救われてる部分があるから、音楽だけに限定せずに文章だったりお芝居だったりトライしていくのは、新しい私を開けることになると思ってます。アンテナを張って生きてるとは思うので(笑)それを表現に落とし込めたらって思いますね。

その為の今年、最後に目標を教えてください。

BŌMI:ライブでいうと、今までフェスに出たことがないんですよ。だからフェスで演出や照明も込みで、良いライブをしたいのと、ワンマンライブもしたいです。音源に関してはそういうフェスとかで通してやれる、6曲くらいの楽曲を作りたいですね。


取材:2014.12.18
インタビュー・テキスト:Atsushi Tsuji(辻 敦志) @classic0330
photo by Hiromi Morimoto

リリース

 

さよならミゼラブル

iTunes限定配信リリース

2nd Album
BORN IN THE U.S.A.『BORN IN THE U.S.A.』

特設サイト
http://bomibomi.com/special/album_2nd/

2015年1月21日リリース BNCL-047 ¥2,160(税込)

ライヴ

「BŌMI アルバムリリースイベント」

日時:2015年3月18日(水)東京:渋谷WWW
日時:2015年3月19日(木)大阪:FanJ twice

アーティスト情報

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